2012年 10月 21日
とまどいトワイライト |
「この前、検診でね。ここにね。何かあるんだって、」
真弓は、「この辺。」 と、左胸を指差す。
40歳を記念した3人だけの同窓会で、お酒を注文し終えた矢先に、そんな話題は少し喉をつまらせる。
「今のうちに取っちゃえば、それでいいらしいの。」
いつもは人の顔など見ない久保が、私の顔を、そのどこか焦点のずれた眼差しで見ている。
「片方だけ。」 少し立ち直り、訊ねる。
「うん。こっちだけ、この辺りが、ちょこっと陥没するらしい。」
久保も真弓の胸を見ていた。
「なによ。やめてよ。」
ようやく立ち直り、「いいじゃん。取っちゃえば、たいして、変わんないし。」 と、久保に振る。いつもなら、「うん。」 と、頷く、久保が黙っている。
「どうせ、真弓姉ちゃん、使ってないし、平気。平気。」
「使われてないか。正しくは、・・・ 」 と、ぶつぶつと小さく付け加える。
お姉ちゃんが少し怒った振りをしたので、
ようやく、向かいの席で、久保が、うん。 と、小さく頷く。
佐野真弓は、私が高校1年の時、同じクラスで、文化祭のクラスの出し物の芝居で、彼女は主役。私は、居ても居なくてもいいくらいの、彼女の弟役で、以来、少々やっかみを込めて、今でも、折々に、お姉ちゃんとか、姉ちゃんと、呼んでいる。1時間近くの芝居でそれくらいしか、台詞が無かったのだ。私と久保とは、2年、3年と同じクラスで、当時から大してしゃべった記憶は無いが、いまだに、一緒に酒を飲んでいるのは、多分、どこか気が合っているのだろう。お姉ちゃんと、久保は幼稚園からの幼なじみらしい。
いつも、どちらからか、私に、電話が入る。「誰か、他も呼ぶ。」 と、訊ねると、「うん。」 と、答えるので、いつも三人で飲むことになる。しゃべっているのは、私と、お姉ちゃんだけで、と、云うより、しゃべっているのは、お姉ちゃんだけで、私は、聞き役。向かいの席で、久保は、「うん。」 や、時折、 「うん。うん。」
彼女は、ぱっと見美人というわけではないけれど、ほんとの話、近くで見ると、小作りの結構整った顔立ちをしている。意外と昔からお洒落だし。惜しむらくは、気が強すぎる。気が強いと云うより何なのだろう。男が必要という風情が無い。しかも、頭が良すぎるのだ。理科大の数学科と云う、色気もくそも無い学校に行って、その後、地元の私立高校の数学教師に、つまらない。という理由でそれを辞め、今は、進学塾で数学の講師をやっている。絶対に厳しい先生だろうと想像はつく。
実際の話、久保のことは知らないけれど、お姉ちゃんのおっぱいなんて、今まで気にも留めたことが無かったのだ。それが、乳癌。それはかなりショックだったのだ。
「それで、どのくらい掛かるの。仕事とかは、」
「最低1ヶ月。でも、3ヶ月くらいは考えていた方がいいって云われているのね。」 「リハビリとか、後遺症とか、痛みも結構あるらしい。」 「仕事は、まあ大丈夫。」
「手術はいつ。」
「今月の末くらい。」
(後2週間も無いじゃないか、) 「はあ。」 と、云いかけた、その時、
「お前、何考えているんだ。何、ひとりで決めてるんだよ。」
久保が少し不機嫌でいる気配はあったのだ。
(もっと、云ってやれ。)
「金、あんのかよ。」
(おっ、こいつ、意外に現実的じゃん。)
「隆志君、・・・ 私のこと、いくつだと思ってるの。」
(そりゃそうだ、お前より、10倍はしっかりしている。)
久保もそれはすぐに悟ったらしい。
「病院の行き帰りとかよ。」 「お前んとこの、父ちゃんと母ちゃん、いくつだよ。」
「隆志君、世の中には、タクシーっていうのがあるでしょう。」
(おいおい、こいつらが、しゃべってんの聞くの、初めてなんじゃないか。)
「お前、何考えているんだ。」
(さっきも云わなかったっけ。)
「そんなんじゃ、心配するだろ。」
「誰が心配するのよ。」
「莫迦か、お前、父ちゃんと母ちゃんに決まってるだろ。」
(おっ、久保、お前、いい事云うじゃん。)
「どうしろって云うの。」
「Nに頼め。」
(はあー、)
「隆志、あなた、莫迦じゃないの。」
(大莫迦だ。)
「Nなら、奥さんに、着替えとか頼めるだろ。」
(こいつは、ほんとに中途半端にナイーブだ。)
「そんなのは、私が嫌なの。」 「そんなつもりじゃないの、ゴメンね、N君。」
(どういたしまして、)
「だったら、俺がやるよ。」
「マジ。」 これは、私の声です。
お姉ちゃんが、少し黙ってしまったので、
「姉ちゃん、やらしてみれば、」
「ほんとに、いいの。」
私と、久保が、うん。 と、頷く。
by naraonara
| 2012-10-21 12:46
| 音楽
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